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無差別殺傷事件が起きて思うこと「ただ元気に帰ってきてくれたらいい」

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2001年に大阪教育大学付属池田小学校での児童殺傷事件があったころ、私はまだ結婚もしていないし、子どももいなかった。

実際には事件の数年後に息子を授かるわけだが、こういった子どもが関わっている事件を見聞きする度に、胸が締め付けられる

 そして、2019年5月28日、神奈川県川崎市で通学バスを待っている子どもや保護者が襲われた。もう「こんな事件は起きてほしくなかった」池田小事件を知っている方の多くは思ったのではないだろうか。

亡くなった子ども達や保護者は、なぜ命を奪われないといけなかったのか。

何にも悪いことはしていない。

なのになぜ。

思うことはたくさんあるけど、言葉にならない。犯人に対する怒りもあるし、亡くなった子どもたちや保護者の気持ち、そして残された家族や児童の気持ちを考えると、どう言葉で表現してよいかわからなくなる。

 川崎市の事件の翌日、近所の公立小学校でも下校時に先生が付き添っているようだった。でも、これもしばらくしたらなくなるのだろう。
最近は、運動会を5月に行う幼稚園や保育園、学校もあるが、運動会って不特定多数の人達が集まっているからめちゃくちゃ危険。

児童の関係者以外が混ざっていてもわからない。
息子が通っていた幼稚園の運動会では、先生やバスの運転手さん、添乗員さんが不審者がいないか見回ってくれていた。
ママ友のご主人が不審者と疑われ声を掛けられた、と笑いのネタにしていた。見た目が若く、保護者には見えなかったらしい。こんなネタになるならいいが、本当に不審者だったら、声を掛けられた瞬間、刃物を振り回す可能性だってある。
また今の時代、「知らないな人には付いて行かないように」「知らない人とは目を合わさない」というのも通用しないからこわい。人の良さそうな近所の人や保護者が加害者になっていた事件もある。そもそも、大人が思っている「知らない人」と子どもが思っている「知らない人」は異なると聞いたことがある。
子どもは、いつも遊んでいる公園で見かける人は顔を見たことがあるから「知っている人」。
いつもゲームを貸してくれるお兄さんは「知っている人」。
大人にとってみたら、どちらも「知らない人」ですよね。では、子どもには下記のように説明してあげるとよいそうだ。

「知らない人」を認識させるpoint

・名前を知らない人
・どんな人かよく知らない人
・お父さんやお母さんが会ったことがない人

 

「名前を知らない人」というのは、相手の名前。何かのきっかけで子どもの名前を知っている可能性もあるから、自分の名前を知ってくれているだけではダメ。

「どんな人かよくわからない人」「お父さんやお母さんが会ったことない人」も子どもに説明するのは難しい。

「お母さんのお友達だよ」なんて言って近付いてくるかもしれない。

いつも公園で見かける人、散歩している犬を触らせてくれる人、ゲームや漫画を貸してくれる人は、とても優しく接してくれるでしょう。ただ、子どもが好きなだけで声を掛けてくれるのかもしれないが、中には悪いことをしようと企んでいる人が相手を油断させるために、親切な素振りをしているだけかもしれません。
小学生にもなれば、子どもには子どもの世界があり、友人関係もすべてを把握するのは難しいかもしれません。しかし、ある程度は把握してあげることも大切です。子どもの人間関係を知るには、日ごろからコミュニケーションを密に取ることが大切です。

「知らない人」の定義をはっきりと示してあげ、「知らない人」に対して注意しておかないといけないことを教えてあげないといけません
「知らない人」と同じく、「変な人」というのも同じ。大人が考える「変な人」と子どもが考える「変な人」は違っているだろうから、どのような認識でいるかを確かめておく必要がある。
こういったことを教えていても、今回のような無差別殺傷事件は防ぎようがないのがつらい。
私の息子は中学生になったが、それでも心配は尽きない。さすがに、名前を知らないが見たことある人を「知っている人」とは認識しないだろう。しかし、突然襲われることは避けようがない。通学に電車を利用しているのだが、電車内で刃物を持った人がいたら・・・と考えると恐ろしくてしかたない。
朝、「いってきます」と言って玄関を出た子どもが「ただいま」と帰ってくることは、当たり前のようだが、当たり前ではない時代になっている。
反抗期真っ盛りで、親の言うことなんて聞かなくてもいい、返事なんてしなくてもいい、勉強なんてしなくてもいい、ただ毎日元気に家に帰ってきて欲しいと願う。